Cloudflare Workersの進化と未来
2025年4月7日から11日にわたり開催されたCloudflareの開発者向け新製品発表イベント「Cloudflare Developer Week ↗」。数々の革新的な製品と技術が発表される中、特に注目を集めたのは、新時代の幕開けを予感させる新しいCloudflare Workersを中心とした発表群でした。まさに新しいクラウド時代とアプリケーションの形である「Cloudflare Stack」の実現可能性を強く感じることが出来た一週間でした。
Cloudflare Workersを振り返る
Cloudflare ↗は元々、CDN(コンテンツデリバリーネットワーク) ↗プロバイダーとして広く知られていました。世界中に分散配置されたエッジサーバーを利用し、ユーザーに近い場所からコンテンツを配信することで、ウェブサイトの表示速度向上とオリジンサーバーの負荷軽減を実現してきました。
その広大なエッジネットワーク上で、任意のコードを実行できたらどうなるか?これを実現したのがCloudflare Workers ↗です。
2017年にベータ版がリリースされた当初、Workersは比較的シンプルなリクエスト/レスポンスの書き換えや、簡単なロジックの実行が主でした。それでも、CDNのエッジでコードが動くというコンセプトは画期的であり、多くの開発者の注目を集めました。
addEventListener("fetch", event => {
event.respondWith(handleRequest(event.request));
});
async function handleRequest(request) {
const url = new URL(request.url);
url.hostname = "example.com";
const newRequest = new Request(url, request);
const response = await fetch(newRequest);
return response;
}
V8 Isolateという選択
Cloudflare Workersの技術的な特徴として最も重要なのが、V8 Isolate を採用している点です。これは、従来のサーバーレス(FaaS: Function as a Service)で主流だったコンテナ技術とは一線を画すアプローチです。
従来からのFaaS(例: AWS Lambda ↗) では、リクエストごとにコンテナを起動・実行します。このアプローチでは、コンテナの起動に時間がかかる(コールドスタート)だけではなく、リソース消費量も比較的大きくなりがちでした。
Cloudflare Workersでは、Google Chromeなどのブラウザでも使用されているJavaScriptエンジン「V8」の分離技術を採用し、単一のプロセス内で独立した実行環境を起動します。V8 Isolateの起動は非常に軽量かつ高速で、コールドスタートがほぼ発生せず、メモリの消費量がコンテナに比べて非常に少ないという特長を獲得しました。このアーキテクチャにより、Cloudflare Workersは以下の利点を実現するに至りました。
- 圧倒的な低レイテンシ
ユーザーに最も近いエッジで瞬時にコードが実行されるため、物理的な遅延を最小限に抑えることが出来ます。 - 高いスケーラビリティ
リクエストに応じて自動的にスケールし、大量のトラフィックにも容易に対応できます。 - コスト効率
リソース消費量が極めて少ないため、結果としてリクエスト単位での課金を実現しました。
この技術的選択と独自性が、Cloudflare Workersをエッジコンピューティングにおける世界的リードたらしめました。
Cloudflare Workersが抱えた課題
Cloudflare Workersはユニークかつ革新的なコンセプトとアーキテクチャを持っていましたが、登場初期にはいくつかの重要な課題と制約も抱えていました。
ステートレスの壁
最大の課題は、完全にステートレスであることでした。各リクエストは独立したV8 Isolateで処理されるため、リクエスト間で状態を共有する標準的な仕組みがありませんでした。これにより、ユーザーセッションの管理やショッピングカートのような機能、あるいはシンプルなカウンターの実装でさえも工夫が必要でした。このため、多くのケースでは外部のデータベースやAPIに状態管理を依存する必要があり、結果的にエッジコンピューティングの利点である低レイテンシを活かしきれていないのが現実でした。
制限された実行環境
登場当初のCloudflare Workersは(今も多くはそうですが)基本的にJavaScriptの実行環境として設計されていますが、それまでのJavaScriptでのサーバーサイド開発で使われてきたNode.js ↗と比較して、実行環境に大きな制限がありました。
例えば、Node.jsのようなファイルシステムへのアクセスや、特定のAPI(例: Buffer
)が利用できないため、従来のJavaScript開発者にとっては使い勝手が悪い部分もありました。
import { Buffer } from "buffer"; // Cloudflare Workersでは利用できない
const buffer = Buffer.from("Hello, World!");
console.log(buffer.toString("base64")); // エラー: Buffer is not defined
tlsやtcpなどの低レベルなAPIを直接利用できないだけではなく、これらのAPIの利用が前提となるデータベースの接続なども難しいということを意味します。そのため、Cloudflare Workersでデータベースを利用するためには、外部のアプリケーションやサービスを介する必要がありました。これは、Cloudflare Workers単体ではアプリケーションの開発を行えるものではないことを意味します。
限られた実行リソース
初期バージョンのWorkersには、CPU実行時間に厳しい制限がありました。当初はリクエストあたりわずか5ミリ秒、その後50ミリ秒へと緩和されましたが、それでも複雑で時間のかかる計算処理には不向きでした。 メモリ使用量にも制限があり、大量のデータをメモリ上で処理することは困難でした。これらの制限は、Workersで実行できるタスクの種類を限定していました。
開発・デバッグの難しさ
エッジという分散環境は、ローカルでの完全な再現が難しく、デバッグプロセスは試行錯誤を伴いました。初期のwrangler
CLIはまだ機能が少なく、ローカルテスト環境も限定的でした。多くの場合、console.log
をコードに埋め込み、デプロイして実際のCloudflareのエッジでログを確認するという、時間のかかるデバッグサイクルが一般的でした。
“ちょっと便利な小道具”を超えて
上記のような課題を持つがゆえに、Cloudflare Workersはリクエストを書き換えたりレスポンスヘッダを追加したりする程度の「ちょっと便利な小道具」程度の位置づけでしかありませんでした。そんなCloudflare Workersは、これらの課題に向き合うために多くのリリースと改善が行われることになります。
ストレージ機能の拡充によりステートフルへ
当初のWorkersはステートレスな処理が基本でしたが、アプリケーションの要求が高まるにつれて、状態を保持するための機能が不可欠となりました。Cloudflare Workersでは、この課題に対処するためにいくつものリリースを行います。
Workers KV (Key-Valueストア)
2018年に発表されたWorkers KV ↗は、Cloudflare Workersの最初のストレージ機能です。これは、エッジネットワーク上で分散されたRedis ↗のようなキー・バリュー型のデータストアを提供します。これにより、Cloudflare Workersは状態を持つことが可能になり、セッション管理やキャッシュなどの機能を実装できるようになりました。
Durable Objects
Workersの進化において極めて大きな転換点となったのがDurable Objects ↗です。これは、Cloudflare Workers上で状態を持つオブジェクトを作成できる機能で、各オブジェクトは独自のIDを持ち、リクエストごとにそのオブジェクトにアクセスすることができます。そして、そのオブジェクトへのリクエストは、必ず同じIsolate(=同じ物理的な場所にある単一のオブジェクトインスタンス)にルーティングされます。リアルタイムコラボレーション(共同編集ツールなど)、ゲームのセッション管理、ショッピングカート、順序の保証が必要な処理など、従来のエッジコンピューティングでは難しかったユースケースを実現可能にしました。
R2(オブジェクトストレージ)
AWSにはS3 ↗、Google CloudにはCloud Storage ↗など、大手のクラウドには必ずサイズの大きなデータを保存するためのストレージ機能があります。ですが、Cloudflare Workersにはこれまでそのようなストレージ機能はありませんでした。
2021年に発表されたR2 ↗は、Cloudflare Workersのエコシステムにおける重要なピースとなりました。R2は、AWS S3互換のオブジェクトストレージであり、Cloudflare Workersと組み合わせることで、エッジでのデータ処理と保存が可能になります。これにより、Cloudflare Workersは単なるリクエスト/レスポンスの処理だけでなく、画像や動画、データ集約やログデータの保存など、より複雑なアプリケーションを構築するための基盤となりました。
D1(リレーショナルデータベース)
そして2022年に遂に発表されたのが、D1 ↗です。これは、Cloudflare Workers上で動作するリレーショナルデータベースであり、SQLiteをベースにしています。D1は、Cloudflare Workersと密接に統合されており、エッジでのデータ処理と保存をシームレスに行うことができます。
これらのストレージサービスの登場により、Cloudflare Workersで本格的なアプリケーションの開発を行う環境が整いました。
サービス比較
サービス | Cloudflare | AWS | Google Cloud | Azure |
---|---|---|---|---|
Key-Value ストア | Workers KV | DynamoDB | Datastore | Cosmos DB |
オブジェクトストレージ | R2 | S3 | Cloud Storage | Blob Storage |
リレーショナルデータベース | D1 | RDS | Cloud SQL | Azure SQL Database |
コンピューティィングリソースの拡充
また、Cloudflare Workers自体のコンピューティング能力も大きく進化しました。
CPU時間の拡張
Cloudflare Workersは、初期のCPU時間制限を大幅に緩和しました。これにより、より複雑な計算処理やデータ処理が可能になり、アプリケーションのパフォーマンスが向上しました。
継続的なパフォーマンス改善
V8エンジンのアップデート追随や内部的な最適化により、CPU効率や起動時間が常に改善されています。また、workerd
(Workersランタイム) ↗ のオープンソース化により、透明性が向上し、コミュニティからの貢献も期待できます。
接続性と連携機能の拡充
Cloudflare Workersとその他のアプリケーションやサービスとの連携やWorkers自体の利便性も大きく向上しました。
Node.js互換
Cloudflare WorkersがV8 Isolateであることにより抱えていた大きな課題の一つである非互換性の問題が少しずつ解消され、従来のNode.jsの持つAPIやライブラリの多くが利用できる ↗ようになりました。
Cloudflare Queues
Google Pub/Sub ↗やAWS SQS ↗のようなメッセージキューサービスは、分散システムにおいて非常に重要な役割を果たします。Cloudflare Workersもこの分野に進出し、Cloudflare Queues ↗を導入しました。これにより、非同期処理やイベントドリブンなアーキテクチャが容易になり、エッジでのリアルタイムデータ処理が可能になります。
TCPソケット / WebSocket対応
HTTP以外のプロトコルへの対応も進んでいます。これにより、リアルタイム通信や特定のプロトコルを必要とするバックエンドサービスとの連携が可能になります。
Hyperdrive
Cloudflare Hyperdrive ↗は、Cloudflare Workersから既存のデータベースへ接続するための新しい方法です。外部データベースとの接続が用意になるだけでなく、再利用可能な接続プールを提供することで、接続のオーバーヘッドを削減し、パフォーマンスを向上させます。
Cloudflare Workflows
Cloudflare Workflows ↗は、Cloudflare Workersを利用して複雑なワークフローを構築するためのツールです。これにより、複数のAPIやサービスを組み合わせて、エッジでのデータ処理や自動化が可能になりました。
Workers AI
2024年に発表されたWorkers AI ↗は、Cloudflare Workersの新たな機能であり、AIモデルをエッジで直接実行できるようにするものです。リアルタイムでのデータ処理や分析が可能になり、AIを活用したアプリケーションの開発が容易になります。
開発体験(DX)の向上
優れたプラットフォームには、優れた開発体験が不可欠です。Cloudflareはこの点の改善にも力を入れてきました。
Wrangler CLI
Wrangler ↗は、Cloudflare Workersの開発を支援するCLIツールです。ローカルでの開発サーバーの起動、KVやDurable Objectsなどのストレージ機能のエミュレーション、デプロイ管理など、機能が大幅に拡充され、Cloudflare Workersと関連する機能のほとんどをローカルで完結できるようになりました。
TypeScriptサポート
型安全な開発を好む開発者向けに、TypeScriptのサポートが強化されています。型定義ファイルなども充実しています。
2025年、Cloudflare Stack元年
さて、前置きが長くなりましたが、2025年4月7日から11日に開催されたCloudflare Developer Weekで発表された主要なCloudflare Workersに関連する機能たちを紹介していきたいと思います。
Agent SDKとMCP、Durable Objectsの無料枠 ↗
昨今話題となっているMCP(モデルコンテキストプロトコル) ↗を介して外部サービスに接続をすることができるAIエージェントSDK ↗をリリースしました。


また、このAIエージェントとMCP関連の発表に伴い、Durable Objectsに対しての無料枠の開放も行われました。AIエージェントに限らず、Durable Objectsを使用したステートフルアプリケーションを誰でも構築することができるようになりました。
HyperdriveのMySQLサポート ↗
外部データベースへ接続するHyperdriveが、従来からのPostgresに加えてMySQLのサポートを開始しました。Cloudflare D1のSQLiteと合わせて、主要なデータベースの多くにCloudflare Workers上から接続可能になりました。
Workers Assetsとフルスタック ↗
Workers Assetsの提供開始により、Cloudflare Workers上で静的アセットにアクセスできるようになりました。これにより、Cloudflare Workersはバックエンドだけではなくフロントエンドアプリケーションのホスティングも可能になり、フルスタック開発が行える環境が整いました。
Cloudflare RealtimeとRealtimekit ↗
Cloudflare Realtimeは、リアルタイムのビデオ・音声通信を開発可能にする新しいサービスです。JavaScriptやKotlin、Swiftなどから利用可能なSDKを利用して、クロスプラットフォームなリアルタイムアプリケーションの構築が可能となりました。

Cloudflare Secrets Store ↗
Cloudflare Secrets Storeは、Cloudflare Workersなどのサービスから利用可能なシークレット(環境変数)を、アカウント全体で管理するためのサービスです。ベータ板として利用可能となり、現在は最大20個までのシークレットを登録可能です。
Workers Observability ↗
Cloudflare Workersのログやメトリクスを一元管理するための新しいダッシュボードが導入されました。従来からの課題であったログやエラー監視がより容易になり、開発者はアプリケーションのパフォーマンスをより簡単に監視できるようになりました。
D1 Read Replication ↗
Cloudflare D1データベースに、読み取り専用のレプリカ機能と、これにアクセスするためのD1 Sessions API
が導入されました。ユーザーのリクエストからより近いレプリカにルーティングすることで、D1のレイテンシを大きく短縮する効果が期待されます。
Cloudflare Containers ↗
そしてとうとう、Cloudflare WorkersからDockerベースのコンテナを直接実行できる機能・Cloudflare Containersが発表されました。この導入により、任意のプログラミング言語とランタイムで構成されたコンテナベースのアプリケーションをデプロイ・ホスティングし、Cloudflare Workers上から呼び出し可能となり、しかもCloudflare Workersと同様、グローバルなリージョンで実行されることになります!!
利用開始は2025年6月ですが、具体的な料金体系も発表されており、このサービスの導入によりいよいよ従来から抱えていたCloudflare Workersの課題に対してのCloudflareなりの最終回答となりそうな予感がします。
これら以外にもたくさんの発表がありましたので、ぜひ隅々までチェックしてみてください。 Cloudflare Developer Week 2025の発表一覧 ↗
TK&F合同会社とCloudflare Workers
TK&F合同会社では、フルスタックアプリケーション/ウェブサイトの開発にCloudflare WorkersやCloudflare Pagesを積極的に取り入れています。低コスト・高パフォーマンスで堅牢なアプリケーションを構築するための選択肢として非常に優れていると考えております。 ご興味をお持ちの方は、ぜひお問い合わせ ↗ください。
おわりに
Cloudflare Workersは、登場から数年で大きな進化を遂げ、現在ではエッジコンピューティングのリーダーとしての地位を確立しています。2025年のCloudflare Developer Weekで発表された新機能やサービスは、Cloudflare Workersが今後も進化し続けることを示しています。今年もCloudflareの躍進が楽しみですね。